村上春樹。

今日の最高気温予想は20度、最低8度。4月になるとコートはあまり着ないような気がしていたが、これは新入社員らしき人々などを多く見ることがあり、考えてみればなんとなく新しく会社に行くときにはコートは着ていかない気がするので、それに勝手に反応していたのかもしれない。

服装は最近だいぶ自由になった。だがルールが分らない新人であれば、最大公約数を無意識に探そうとするだろうし、それに合わせていないと不安になる。この2日ほどまあまあ着ていても、首筋や手が肌寒い感じだったので、今朝は念のためストール(砂漠で遊牧民の人たちが巻いているような薄目のやつ)と指ぬきの黒いスリップ止めの模様のついた軍手系の手袋を念のために持ってきた。役に立った。

村上春樹の群像文学新人賞受賞作、「風の歌を聴け」を読んでいる。前に読んだのはいつだろうか。冒頭部分、すこし覚えている箇所があるような気がしたが、ストーリーが進んでいくとそのあたりは全く記憶がない。今回は図書館でハードカバーを借りたのだが、前はなんとなく文庫であったような気がする。奥付を見ると、初版発行は1979年、この本は1990年印刷の32版、なんと個人からの寄贈本のようで、図書館の入庫日が本の上(表現がむつかしいが、表紙裏表紙ではなく、本の屋根にあたる部分、なんというのだろうか)にスタンプで押されている。15.3.19と読める。2015年ではなくたぶん平成15年なのだろう。平成の年を聞いて、西暦に変換することが出来ない。確か1989年が平成元年だったような?違うかもしれないが、だいたそのあたりとすれば、1989+15=2004年か5年あたりに図書館にやってきたことになるだろうか。物語は1970年の夏である。

村上春樹のインタビュー集を図書館で借りたのは、ジャック・ドュミの映画を見たことがきっかけだ。ドュミ(ついデュミと書きそうになる)の映画を鋭く分析したサイトにたどり着いたが、そのサイト管理者が村上のインタビューを推していたのだ。

良い分析をする人が好きな本は気に入るかもしれない、と思って借りたインタビュー集は、思った通りとても面白かった。村上氏が29歳の時、早稲田の文学部で学生時代に結婚され、その後会社で働くことがイメージできず確か新宿(違ったかも)のジャズ・バーを経営され、朝から晩まで働きながら夜中にノートに書きつけたものがこのデビュー作だ。

そんな経緯を知ることになって読む小説は、どんな感じがするのだろう。本来小説とは、なんの事前情報もなくただその文章に正面から向き合って読むべきもの、と言う気がする。だが、べつにもう、いいではないか。すきなように、読めば。

アメリカをはじめ海外でほとんどの作品が翻訳されており(それらの翻訳は作者の村上さん自身がチェックされる、というのは、考えてみれば他ではほとんどないことだろう。翻訳を小説の合間に楽しんで行われている、という村上さんだけの、稀有でほぼ唯一のケースではあるまいか。もちろん英語が堪能な作家はあまたあるだろう。だがここまで世界でメジャーになっていることには、村上さん自身の戦略があった、という点もまた、大変に印象的であった)、唯一このデビュー作のみ翻訳を許していない、という点も再読を促すものであった。そうか、外国の人はこの物語が読めないのか。日本人と日本語話者(読者)のみの特典なのだな。

2021年である。仮に村上さんが作品発行の1年前、1978年にこのものがたりを書かれていれば、43年前のことだ。43年は長いのだが、久しぶりに読んだ1970年の物語に、旧さを感じないはどうしてだろうか。今日、作者名も知らずはじめて読んだとしても、すっと物語に引き込まれているだろう。さすがと言おうか、なんといおうか。まだ、途中なのだが、これから読み進めるのが、楽しみである。現状はまだ、指が4本の女性が出てきたところだが。

(最近小説にずいぶんご無沙汰していました。エッセイやノンフィクションが多かったかも。久しぶりに小説を読む、というのはすこし新鮮な気持ちですね)